感無量で歩く日比谷の森と夕焼け色の秘密
まあとにかく、大臣の一言で、文部大臣杯を差し上げましょうということになって、
10年来の、私は文部大臣の階段を降りまして、
そして、目の前の地下鉄に入って、
そして、赤坂見附を経て、目の前の駅に乗り換えて、
新宿へ来て、田無に帰るのが普通の道順です。
でも私は、なぜかしらその電車に乗ろうという気になれなかったですね。
それは、感動と興奮のるつぼに入っていたんでしょうね。
ふと見たら、日比谷公園の森が見えたので、自然に日比谷公園を歩いていたんです。
歩きながら、
自分の目に去来するものは、
自分が育った深川の貧民街。
僕はよく講演を頼まれますが、このような硬い題を付けることは10年に1回じゃないかと思います。大概、夕焼け色の秘密。みんなが喜ぶような題を付けます。
で、それは私が母親がいませんから、僕の人生にまつわる夕焼け色がず〜っと僕のドラマに。これにも夕焼け色が出てきますが、あらゆる僕の書く誌にところに自然に書かれるんですね。
藤原一生における夕焼け色というのは何なのか?という論文を書いたことがありますが、それは、結局は知らない母親の愛を求めている原点がうずくまっているんではないか?という議論を考えているんです。
その日比谷の森を歩きながら、
非常に感無量っていうかな、
自分の歩んできた貧しかった、
自分の歩んできた貧しかった、
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